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「住みながら考えたりつくったりすればいい」02

「住みながら考えたりつくったりすればいい」02

リビタのHOWS Renovation(ハウスリノベーション)が手掛ける次なるプロジェクト「西荻窪の家」がまもなく竣工します。シンプルな素地である「ハコ」の設計はSPEAC(スピーク)、そのハコに対して例えば壁をたてたり、収納をつくったり、空間を編集する「道具箱」として内装を提供するのがtoolbox(ツールボックス)です。まるで器と料理のような、スマホとアプリのような、そんなイメージが近いかもしれません。それぞれのパートナーが「西荻窪の家」に込めた想いやこれからの住まいのあるべき姿について、HOWS Renovation担当者がお話をお聞きしました。第2回はSPEACの宮部浩幸さんです。

Hiroyuki Miyabe

建築家・SPEACパートナー。ポルトガルでリノベーションの研究を行い博士(工学)を取得。その後、不動産企画と空間デザインを行ったり来たりの現在の道へ。近畿大学建築学部の准教授として明日を担う若手を育成中。

Asami Tanaka

リビタの戸建てHOWS Renovation チーフディレクター。事業・プロジェクトの企画推進からイベントの開催まで、戸建てに関わることの全般を担当。自邸のリノベーションでもtoolboxを活用中。 (http://www.rebita.co.jp/people/people67)

Scene.2:受け入れるベースである、素地の「ハコ」

インタビュー風景。9月某日、原宿のSPEACオフィスにて。
宮部さんもリノベーションしたご自宅にお住まいだそう。

田中 :
SPEACは、不動産のセレクトショップサイト「東京R不動産」のグループ会社でもあり、toolboxとも連動しながら、さまざまなプロジェクトを進められています。過去に設計を手掛けられた事例は、ずいぶん古い物件が多いですよね。

宮部 :
大正時代末期に建てられた「時をかける家」は築90年くらいの木造家屋でした。次に古いのが「1930」で、築80年くらいの木造平屋です。ともに長い間使われず、傷みも激しい状態の家を、賃貸住宅として再生しました。

「時をかける家」。大正時代に建てられた建物に、既存を最大限尊重した改修を行い賃貸住宅として再生。
「1930」。こちらも改修当時築83年の建物を賃貸住宅へ再生。

田中 :
そのくらい古い物件だと、工事を依頼する職人さんを探すのも大変ではないですか?

宮部 :
一番大変だったのは左官職人でした。「時をかける家」は、リビングに砂壁があったのですが、手で触れるだけでぼろぼろと落ちてくるような状態でした。そこで育った施主は、その壁に思い入れがあったので、そのまま残す方法を模索し、知人の左官職人に相談しました。すると、砂の種類が大理石の蛇紋(じゃもん)だということ、落ちている砂も再利用できることが分かりました。伝統的な日本建築では常識なのですが、ほとんどの砂壁や土壁は再利用できるんです。左官材は貴重なものでしたから、家を解体するときは、砂壁や土壁は回収するのが当たり前でした。僕たちが今、リノベーションと呼んでやっていることを、昔の職人たちは肩に力を入れることなく、常識的にやっていたんだと思います。

田中 :
木造住宅は基本の寸法が3尺(910mm)と決まっているから、素材だけではなく畳や建具なども再利用がしやすいと言えますよね。とはいえ、安全な構造や快適な環境性能などを確保した上で、古い家を残すことは、新築を建てるよりものすごく手間と労力が必要になる面もあるのではないでしょうか?

「蔦の家」外観。左:改修後(©TAKESHI YAMAGISHI)、右:改修前。
「蔦の家」室内。古いものと新しいもののコントラストが印象的。(©TAKESHI YAMAGISHI)

宮部 :
その通りです。僕も10年くらい前までは、古すぎる木造は壊して新築にしたほうがいいと思っていました。でも「蔦の家」という物件のリノベーションを手掛けて、考え方が変わりました。「蔦の家」はSPEACとして最初に木造住宅をリノベーションした物件で、当時築40年くらいでした。建築としては特徴のない木造2階建ての住宅でしたが、外壁が蔦で覆われていて、そこを生かせば面白くなると確信し、賃貸として再生したいという依頼を引き受けました。室内は細かく仕切られていたのですが、ほとんどの間仕切り壁を取り、ワンルームのような空間にして、壁や床などを白く塗って、SOHOとして体裁を整えました。すでに6年経っていますが、今まで借り手が途切れることなく、素敵に使ってくれています。これがきっかけで、ほとんどの家は再生できると手応えを感じたんです。

田中 :
その後に続くのが、「時をかける家」や「1930」ですね。「1930」はどのような家だったのですか?

「1930」室内。リノベーションによって庭と室内がぐっと近くなった。

宮部 :
大きな庭がある味わい深い平屋でしたが、間取りが細かく分断され、庭がほとんど生かされていませんでした。既存の間取りを生かしながらも、壁を少しだけ間引き、庭の光が感じられるように調整。経年した柱や梁、土壁の中に隠れていた下地の小舞などを、現しにしています。ちょっとした操作で、明るく居心地の良い空間になり、現在は子育て中の家族が住んでくれています。この物件はオーナーがここで育ったというご高齢の方だったのですが、完成した空間に入った瞬間「わー懐かしいなぁ!」と言って喜んでくれたんです。間取りも仕上げもそれなりに変わっているのですが、古い要素を再構成するように設計したので、その感想を聞いたときは成功したなと感じました。

田中 :
挙げていただいた3軒は、まるで文化財のような建物で、古さに価値がある物件だと思いますが、今回SPEACに設計を依頼した「西荻窪の家」は築30年の一般的な住宅ですから、アプローチが違いますよね。

「西荻窪の家」外観(改修後)。

宮部 :
最初見たときは正直「どうしようかな」と思いました(笑)。しかし、一般的な住宅だからこそ、上手くリノベーションできることを見せていかないと、リノベーション自体も普及しませんよね。今回の「西荻窪の家」に取り組み、一般的な築30年の家をかっこよく再生することで、強いメッセージ性を発信できるのではないかと考えました。さらに言えば、以前から日本の家の供給のされ方に疑問があり、そのことに向き合うチャンスになると感じました。

田中 :
その疑問とは、どのようなことですか?

宮部 :
デパートに買い物に行くような感覚で商品として家を見て、その中から選ぶという家の買い方をして、それが一生に一回の買い物になってしまう。衣類も食事もその都度考えて選び、失敗したり上手くいったりしながら、何度も楽しむのに、住居にはそのチャンスがないんです。それは、戦後の高度経済成長期に住宅が不足し、大量供給が必要になり、早急に最低限の品質を確保することを追究する状態が今も続いていて、売る側も買う側も思考停止になっているからだと思います。その前提で一生懸命にバリエーションを考えているので、方向性がメンテナンスフリーとか、本質とは異なることになっているのではないでしょうか。国内の人口は減少してきていて、高度経済成長期も終わったのですから、思考停止をやめて、売る側も買う側も住みたい家と向き合い、住みながら考えたり、つくったりするようになってほしいです。

田中 :
今回の「西荻窪の家」では、建物の設計をSPEACが担当し、そこに壁や収納、仕上げなど住み手が選べる内装システムの提供をtoolboxが担当します。SPEACとtoolboxはどのように連動していますか?

宮部 :
toolbox の立ち上げのときからどのように展開していくか、一緒に企画しています。最初はSPEACがリノベーションのための素地のような家をつくって、そこにtoolboxの素材やパーツを提案し、住む人が自分でカスタムしていくというストーリーを考えていました。その箱となる家を「BASE01」(笑)と呼んで、企画を進めていたのですが、商品としてつくるとなるとどこまで引き算していいか結論を出せず、課題としてずっと後回しにしていたんです。

「西荻窪の家」室内。1階も2階もワンルーム状の空間で、ここに間仕切り壁や収納を加えていくことができる。

田中 :
シンプルなハコである「西荻窪の家」は、そういう意味では構想されていた「BASE01」に近いのではないですか?

宮部 :
まさにそのものだと思います。最初に提案したときは、もう少し間取りらしい間取りがあったのですが、「もっと思い切ってやっていただいて結構です」という意見をリビタからもらって、省けるものはすべて省き、思い切ってハコだけにすることができました。間取りどころか絶対に必要になる収納もつくっていません。間仕切りも収納も必要な場所に必要な分だけ、住む人につくってもらう前提で設計しました。

田中 :
手を加えないと住めない空間ではなく、このままでも住むことができる空間だと思います。仕切るとしても、必ずしも壁をつくらなくてもよくて、家具で仕切ったり布を垂らしたりと、住み手がいろいろと工夫することができます。手を加えないと住めない家になってしまうと、それを押し付けているような感じがしますよね。このままでも住めるし、手を加えることもできるという大らかさがあると思います。

まさに素地のハコ状態である室内。床の段差が空間をゆるやかに分節する。
2階の床の一部はポリカーボネート。トップライトから1階へ光が落ちるしかけ。

宮部 :
あえて仕上げもまったくしていません。壁は構造の補強でもある合板です。外壁もモルタルですから、純粋に素地のままの家だと思います。しかしながら建築としては、採光の操作と空間の分節にこだわっています。2階の床の一部は光を通すポリカーボネートにして、1階の土間に上からまっすぐ光が落ちるようにしました。周辺は比較的家が密集しているのですが、1階も明るく、光の変化を感じる空間になりました。

大らかな空間に、丁寧にデザインされたヘリンボーンの壁が映える。

田中 :
住み手が空間をつくっていくきっかけは、いろいろありますよね。床に段差が付いていたり、水まわりを囲う壁がヘリンボーンの張り方になっていたりします。

宮部 :
段差は空間の分節の一つですね。上から落ちる光もその一つです。壁をつくったり、間仕切ることはしていませんが、いろいろなところに、見えない境目があることは感じてもらえると思います。ヘリンボーンの壁は、ほんの少しだけデザイン的な要素を入れることで、自分の家を自分で豊かにしていきたいと思う人に、刺さるのではないかと考えたのです。

田中 :
木の家だから構造にも手を加えやすく、加工しやすいという要素がありますね。壁の合板も同じ材料なのに、張り方によって全く違う見え方になり、すごくメッセージ性を感じます。もっといろいろな張り方ができるのではないかと、想像が膨らみました。

宮部 :
このヘリンボーンの壁は、角を斜め45度に切り、合板の断面が見えないように美しく収めています。ドアも木目を揃えていますが、ドアと壁の境目にJASマークの判子も、ドアを閉めるとそれがぴったり繋がります。現場のみんなの努力もあって、よく見ないと分からないような配慮がたくさん盛り込まれています。そういうところに気づいてくれる人に、住んでもらえたら嬉しいですね。

展覧会「HOUSE VISION」。80㎡のマンションを想定。(©DAICHI ANO)
まさにtoolboxのショールームのような展示。同じくHOUSE VISIONにて。(©DAICHI ANO)

田中 :
2013年に「新しい常識で家をつくる」というテーマで開催された「HOUSE VISION」という展覧会で、東京R不動産の展示としてtoolboxが登場しましたよね。そのときの展示について教えてください。

宮部 :
展示として家を丸ごと作ったのですが、タイトルは「編集の家」です。80m2の典型的なマンションを想定し、それを常識にとらわれずに本当に自分たちの住みたい空間とはなにかを考えてリノベーションしました。入ると巨大なテーブルが置かれ、そこでは料理も仕事も宿題もできる。家族みんなが集まるテーブルです。一方で個室は一つもない。寝る場所は壁の中の押し入れのようなスペース。書斎は移動ができる小さな箱です。くつろいで映画を見られる場所を突きつめた結果、お風呂とリビングを一緒にすることになりました。伝えたかったのは、住まいに望むことは人それぞれで、その編集は自分でできるということです。そして、その家の裏には、toolboxのショールームのように、ありとあらゆる素材やパーツを値段付きで展示しました。自由にほぐれた頭でそれらを見てもらって、自分ならどんな家にしたいかという投げかけをしました。今回の「西荻窪の家」は住む人が自分で形作っていくには、まさに理想的なハコだと思います。「BASE01」の構想から考えると、長い間、やりたかったことが本当の意味で形になったと感じています。

田中 :
「HOUSE VISION」の反響はいかがでしたか?

宮部 :
toolboxの世界観が面白いという意見をたくさんいただきました。家にまつわるいろいろなことがブラックボックスになっていて、つくり方やつくっている職人の情報、価格などがエンドユーザーに公開されていないことをあらためて実感しました。そこにブラックボックスがあることが伝わって嬉しかったです。家にはいろいろな設備や仕上げ、パーツなどが盛り込まれていて、それらすべてに価格があります。例えば収納の把手が100円だとすると、それを1000円のものにしても900円しか変わりません。でもほとんどの家に付いている把手は100円のものです。1000円のものを選べれば、ものすごく満足度が上がるとしても、ほとんどの人はそれを選べることすら知らない。そこが思考停止していると思うんです。

田中 :
注文住宅の場合は、そういうプロセスに多少なりとも関われますが、今回のようなリノベ済み戸建てで、そういったプロセスがオープンになることは革新的だと思います。

宮部 :
そうですね。「西荻窪の家」はたまたまリノベーションだけれども、世の中の新築住宅もこうなったら面白いですね。

田中 :
住み手が家づくりに関わる住まい方が、限られた人だけのものではなく、もっと一般的になっていけばいいなと思います。だから「西荻窪の家」のような個性が隠れたままだったいわゆる一般的な住宅に対してリノベーションを施していくことで、こういった暮らしかたが広がることにつながり、このプロジェクトがたくさんの方に影響を与えられる存在になれたら嬉しいですね。

SPEACオフィスの様子。

文:村田保子

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